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【日本百名山との出逢い】
日本百名山を記した深田久弥翁曰く、目立った山が少ない中国地方山間部に生まれ育った私にとって、学校の校歌に詠まれた故郷の山でさえ興味を魅かれるものではなく、山登りとは縁遠い少年時代を過ごしていました。そんな自分が登山に魅了されたのは、高校の修学旅行で訪れた上高地の穂高連峰です。秋の早朝、河童橋から見上げた稜線の神々しさに得も言えぬ感動に包まれ、一瞬にして山の虜となった訳です。「あの上に行ってみたい」との思いを実現すべく、大学入学とともに登山&バックパッキングのサークル逍遥会に入り初登山を経験。

大学2年時、利尻山頂で出逢った某企業戦士談「やり直せるなら、こういう人生を歩みたいなぁ…」をきっかけに学業・仕事と山登りを両立するというライフスタイルを全う。その後、脱サラを経て二生人生へと踏み出した頃合いに百名山を意識するようになりました。平成29年9月最後に取って置いた富士山登頂にて完登。

このページは大学1年の初登頂から35年を経て漸く達成した私個人の日本百名山への歩みについて、半生を振りながら整理した紀行文です。完登までの間には、仕事に忙殺され山に行けないサラリーマン時代のジレンマ(1986~1994年)、自ら新たな人生を切り拓くべく好きな山を絶って資格取得の猛勉強に専念した3年(1995~1997年)、脱サラ後まさかの家内大病に自粛の4年(2001~2004年)と、決して平坦ではない人生の紆余曲折との長い付き合いがありました。

登山を愉しみ愛する多くの方々にも、私同様にいろんな人生ドラマがあることでしょう。そんなことを想起するにつけ、茅ヶ岳石碑にある深田翁名言「百の頂に百の喜びあり」の奥深い味わいを感じます。(※①トップページ写真:富士山での御来光を心待ちにするワンショット、※②挿入地図:成美堂出版「鳥瞰図で楽しむ日本百名山」、※③参照コメント:深田久弥「日本百名山」)

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