【10】利尻山

【1983年8月9~10日】

大学2年の夏休み…逍遥会の北アルプス夏合宿を終えて一旦帰京して僅か3日後の8月7日、荷物を自転車に積み替えて2年連続「北海道チャリンコ独り旅」に出発。19時10分の上野発急行八甲田で東北本線を北上、6時15分青森に着いて7時30分の青函連絡船大雪丸に乗船。11時20分函館着、特急北海3号(~大沼公園)特急北斗5号(~札幌)急行利尻(~稚内)と乗り継いで、8月9日朝6時22分に稚内着。輪行自転車を駅に預け、去年の旅の最終盤…礼文島から海に浮かぶ凛々しい姿に心を奪われた洋上富士「利尻山」を目指し稚内港7時20分のフェリーで利尻島鴛泊港へ9時25分到着。

鴛泊港フェリーターミナルに到着すると早速、自然休養林車道を南進して利尻北麓野営場脇から鴛泊コース登山道に入る。今夜は8合目の長官山避難小屋(1,218m)に泊まって憧れの山を存分に味わう目論見のため、山中唯一の水場で名水百選の3合目「甘露泉水」で6ℓタンク一杯に水を補給し、重い荷物を背負って海抜0mからの一方的な上り道を喘ぎながら高度を稼いでいく。16時前、日のあるうちに何とか山小屋入りできた。小屋の屋根によじ登って日本海の夕焼けを愉しんでいると、同じ魂胆の同宿者2名が合流。物量作戦が功を奏し水の余裕のある私は珈琲をご馳走、皆さんもお酒や食料を分け合い暮れなずむ夕景を眺めながら山談義に花が咲く。すっかり意気投合して気持ちよく酔えた頃合、海の遥か彼方…思いがけず稚内の花火大会が見えたのには感動しました。
この山小屋での出逢いが、その後の私の人生観を大きく左右することになる。それはこの内のお一人、初老の某大手商社マン(50代)の「やり直せるなら、こういう人生を歩みたいなぁ…」のため息交じりの一言です。その方はひたすら組織の上を目指し働き通してきた企業戦士で、定年も見えてきたサラリーマン最晩年の今年ようやく家族から離れた自分のためだけの夏休みが取れたとのことで、飛行機を乗り継ぎ往復4日掛かりの利尻に来て長年の夢を果たせたと仰ってました。学生の自分にはその言葉の重みは到底理解できるものではなかった。しかし、やがて社会に出て次第にこの言葉の存在感が高まるのを感じ…そして脱サラを決意、今日までOn‐Offハーフ・バランスの生き方を目指していくティッピング・ポイントとなる一期一会のひと時であった。
翌朝は海面を覆う雲海の上に昇るご来光と影利尻の絶景に出逢う。利尻山北峰ピーク(1,719m)で皆さんと一緒に記念撮影して別れ、私は独りローソク岩を巻く西稜コースを沓形へと下山しました。稚内に戻る船内から遠ざかる利尻の雄姿を眺ながら、得も言われぬ憧憬の念が満ち充ちてくる充実感に浸りながら船に揺られた。

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